バックアップがあっても復旧は長期化|会社を守る事業継続の備え
「バックアップは取っているから、サイバー攻撃を受けてもすぐに仕事を再開できる」。そう考えていませんか。実際には、データが残っていることと、安全に業務を再開できることは同じではありません。
ランサムウェア攻撃を受けた場合、データの復元だけでなく、侵入経路の調査、システムの安全確認、機器の再設定、業務システムの動作確認などが必要になることがあります。その間も、取引先との約束や社員への支払いは続きます。
2025年10月に攻撃を受けた美濃工業株式会社は、同年12月25日に主要システムの応急復旧が完了し、業務が通常通り稼働していると公表しました。この事例を入り口に、復元テスト、復旧優先順位、代替業務、事業継続計画の具体的な備えを整理します。
- バックアップがあっても復旧に時間がかかる理由
- バックアップの保存と復元テストの違い
- 重要業務の復旧優先順位とRTO・RPOの考え方
- システム停止中に仕事を続ける代替手段
- 経営者が今日確認できる10項目チェックリスト
目次|バックアップと事業継続を考える13章
1.美濃工業の事例から考える業務再開
岐阜県中津川市の自動車部品メーカー、美濃工業株式会社は、2025年10月にランサムウェア攻撃を受けました。同社の公式発表によると、正規のVPNアカウントが悪用されて社内ネットワークへ侵入され、ファイル暗号化やシステム破壊などが発生しました。
10月4日の攻撃確認後、同社はネットワークを遮断し、受注・生産・出荷、資金決済に関わるシステムの確認と復旧を開始しています。10月6日の第二報では、生産活動は一部影響を受けながらも概ね通常通り行い、資金決済に関わるシステムは回復したと説明しました。
その後、12月25日の最終報告兼安全宣言では、主要システムの応急復旧が完了し、業務は通常通り稼働していると公表しています。これは、重要な業務の再開と、事故後の安全確認やシステム環境の整備を分けて考えるうえで参考になる経緯です。
出典:美濃工業「サイバー攻撃によるシステム障害について(第四報)」、美濃工業「サイバー攻撃に関する最終報告 兼 安全宣言」
美濃工業は2025年12月25日時点で主要システムの応急復旧と通常業務の稼働を公表しています。本記事は、同社の業務が現在も停止していると述べるものではありません。また、バックアップの具体的な復元時間や復元率について、確認できていない数字は使用しません。
2.バックアップがあっても復旧に時間がかかる理由
バックアップは、事故前のデータを取り戻すための重要な備えです。しかし、保存していたデータを戻せば、すべての業務が直ちに使えるとは限りません。
攻撃を受けたシステムをそのまま復旧すると、侵入に利用された弱点や不正な設定が残る可能性があります。そのため、復旧前に安全性を確認し、必要に応じて端末やサーバーを再構築する作業が発生します。
| 必要になる可能性がある作業 | 確認すること |
|---|---|
| 原因調査 | 侵入経路と被害範囲を把握できているか |
| 安全性の確認 | 復元先やバックアップに不正なプログラムがないか |
| データ復元 | 必要な時点のデータを取り戻せるか |
| システム再設定 | 認証や接続設定を安全に戻せるか |
| 業務テスト | 受注・請求・出荷などを正しく処理できるか |
| 利用再開の判断 | 担当者と経営者が安全性と業務への影響を確認したか |
これらは一般的な復旧作業の分類であり、美濃工業がすべての項目を同じ順番で実施したという意味ではありません。自社では、データを戻す時間だけでなく、業務の動作確認まで含めた復旧計画を作ることが大切です。
3.バックアップの保存と復元テストは別
バックアップを毎日取得していても、そのデータが実際に使えるかは復元してみなければ分からないことがあります。保存先に問題がないか、必要なファイルがそろっているか、復元後に業務システムが動くかを確認する必要があります。
例えば、顧客管理システムのデータだけが残っていても、必要なアプリケーションや設定がなければ、通常業務へ戻すまでに時間がかかる可能性があります。復元テストでは、ファイルを開けるかだけでなく、実際の業務を再開できるかを確認しましょう。
「バックアップを取っているのは分かりました。最後に実際のデータを復元したのはいつですか。そのとき、業務システムまで正常に動きましたか。」
4.安全なバックアップの保管と世代管理
バックアップを本番システムと同じネットワーク内に置いている場合、攻撃の影響がバックアップにも及ぶ可能性があります。重要なデータは、攻撃者が本番環境から容易に書き換えたり削除したりできない保管方法を検討する必要があります。
具体的には、オフラインで保管する媒体、変更できない設定を備えた保管サービス、アクセス権限を分けたバックアップ環境などが考えられます。ただし、どの方法が適しているかは会社の規模、システム構成、必要な復旧時間によって異なります。
保管時の確認項目
- 本番システムと同じ認証情報だけでバックアップを削除できないか
- バックアップの保存先が攻撃の影響を受けにくい構成か
- 過去の複数時点のデータを保存しているか
- 保存先へのアクセス権限を必要な担当者に限定しているか
- バックアップ失敗時に担当者が気づけるか
複数時点のデータを保存する「世代管理」も重要です。攻撃やデータ破損に気づくまで時間がかかった場合、直近のバックアップだけでは正常なデータへ戻せないことがあるためです。
5.復元テストで確認したい具体的な項目
復元テストでは、本番環境を不用意に変更しないよう、安全に分離したテスト環境などを利用します。実施方法はシステム保守会社と確認し、通常業務に影響を与えない計画を立てましょう。
重要なのは、テストを実施したという記録だけでなく、何を復元できたか、何時間かかったか、どの作業で問題が起きたかを残すことです。失敗した項目があれば、原因と再テストの予定も記録します。
| 確認項目 | テストで確かめること |
|---|---|
| バックアップの存在 | 必要な日付のデータが保存されているか |
| データの読み取り | 復元したファイルが正常に開けるか |
| システムの動作 | 必要なアプリケーションが使えるか |
| データの整合性 | 顧客情報や取引記録に不整合がないか |
| 復元時間 | 復元に実際何時間かかったか |
| 担当者不在時 | 代行者や保守会社が手順を把握しているか |
| 安全性 | 復元先の安全性を確認できるか |
テストの操作によって既存データが上書きされたり、通常業務に影響したりする可能性があります。事前にテスト範囲と復元先を決め、必要に応じて専門家の立ち会いで実施してください。
6.重要業務の復旧優先順位を決める
複数のシステムが停止したとき、すべてを同時に復旧できるとは限りません。そこで経営者は、どの業務が止まると会社や取引先への影響が大きいかを考え、復旧の優先順位を決める必要があります。
例えば、製造業なら生産計画や出荷管理、建設業なら現場の工程管理や図面の確認が重要になる場合があります。ただし、会社によって業務内容が異なるため、一般的な順位をそのまま当てはめるのではなく、自社の実態に合わせて判断してください。
優先順位を決める4つの質問
- その業務が止まると、何時間・何日で影響が出るか
- 取引先や社員の安全に影響するか
- 売上・入金・納期にどの程度影響するか
- 他の手段で一時的に続けられるか
「最優先で復旧する業務を3つ挙げてください」と各部署に確認しましょう。そのうえで、部署ごとの希望を整理し、会社全体の優先順位を決めます。
7.RTO・RPOを経営者向けに理解する
IPAの「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン第4.0版」では、重要なシステムについて目標復旧時間(RTO)と目標復旧時点(RPO)を踏まえ、バックアップ取得や復旧手順の整備、訓練を行うことが示されています。
RTOは「いつまでに業務を再開したいか」、RPOは「どの時点までのデータを取り戻したいか」を考えるための指標です。設定した目標が必ず達成できるという意味ではなく、設備や体制が目標に対応しているかを確認する必要があります。
| 用語 | 意味 | 架空の設定例 |
|---|---|---|
| RTO(目標復旧時間) | 業務を目標の状態まで復旧する時間 | 受注業務を24時間以内に再開する目標 |
| RPO(目標復旧時点) | 復元したいデータの時点 | 事故発生の4時間前までのデータを取り戻す目標 |
この数字は説明用の仮定であり、美濃工業の実際の復旧目標ではありません。自社でRTOを24時間と決めても、復元テストに3日かかるなら、そのままでは目標を満たせません。目標と実際の能力を照らし合わせることが重要です。
参考:IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン第4.0版」
8.システム停止中の代替業務を準備する
システムの復旧に時間がかかる場合でも、すべての業務を止める必要があるとは限りません。安全に続けられる業務については、紙の記録、電話、独立した連絡手段などの代替方法を検討できます。
ただし、代替業務では情報の誤記や二重登録が発生する可能性があります。後でシステムへ入力し直す担当者や照合方法も決めておきましょう。
| 停止する業務 | 代替手段の例 | 注意点 |
|---|---|---|
| 受注システム | 紙の受注票と電話確認 | 受注番号と重複の管理 |
| 工程管理 | 承認済みの紙の工程表 | 最新版と変更履歴の確認 |
| 顧客連絡 | 安全な電話・独立した連絡網 | 連絡先情報の適切な管理 |
| 請求業務 | 安全に保管した取引記録を使った確認 | 金額の照合と二重請求防止 |
| 出荷管理 | 紙の出荷記録 | 数量・納品先・出荷履歴の照合 |
代替手段は、事故が起きてから初めて試すのではなく、平常時に短時間の訓練を行うことが大切です。特に個人情報や機密情報を扱う業務では、利用できる端末や資料の範囲を事前に定めてください。
9.建設業・製造業で確認したい業務
建設業では、工程表、設計図面、見積書、協力会社との連絡記録などが日々の業務に関わります。これらの情報が利用できなくなった場合、現場の安全や工期に影響しないかを確認する必要があります。
製造業では、生産計画、品質管理、在庫、出荷、仕入先との調整などが重要です。システム停止時に安全性や品質を確認できない場合は、無理に業務を継続せず、適切な判断を行う必要があります。
| 業種 | 優先して確認したい情報 | 代替業務の検討 |
|---|---|---|
| 建設業 | 最新図面、工程表、安全管理記録 | 承認済み図面の控え、現場連絡網 |
| 製造業 | 生産指示、品質記録、出荷予定 | 安全確認済みの紙の指示・記録 |
| 卸売・小売業 | 受発注、在庫、顧客連絡先 | 紙の受注票、在庫照合 |
| サービス業 | 予約、顧客対応、請求記録 | 安全に保管した予約控え、電話対応 |
代替手段で業務を続ける場合も、品質や安全に関する確認を省略してはいけません。各部署で「止めてはいけない業務」と「安全確認ができるまで止める業務」を区別しましょう。
10.復旧作業と資金繰りを同時に管理する
事故後には、原因調査、復旧作業、代替業務などに追加費用が発生する可能性があります。一方で、業務停止により売上や入金が遅れても、給与や家賃、借入返済などの支払いは続きます。
そのため、復旧作業の計画と資金繰りの確認を同時に進めることが重要です。経営者は、復旧の見込みと今後の入金・支払予定を定期的に確認し、必要に応じて経理担当者や取引金融機関と相談できるようにしておきましょう。
資金面で確認したい項目
- 現預金残高と今後1〜3か月の支払予定
- 業務停止で遅れる可能性がある入金
- 調査・復旧費用の見積額と支払時期
- 代替業務に必要な人員・費用
- 資金不足が見込まれた場合の相談先
システムが再開しても、売上や入金がすぐに元へ戻るとは限りません。資金繰り表では、業務再開の予定と実際の入金見込みを分けて確認しましょう。
11.事業継続計画を実際に使える状態にする
事業継続計画(BCP)は、事故や災害が発生した場合に、重要な業務をどのように続け、どの順番で復旧するかを整理する計画です。サイバー攻撃に備える場合も、システム復旧だけでなく、社員や取引先への連絡、代替業務、資金管理を含めて考えます。
分厚い計画書を作っても、緊急時に取り出せなければ役に立ちません。重要な連絡先と初動手順は、社内システムが停止しても利用できる場所へ安全に保管しておきましょう。
実効性を高める4つの運用
- 重要業務と復旧優先順位を決める
- バックアップの復元テストを実施する
- 代替業務を実際に試す
- 訓練結果に基づき計画を更新する
IPAのガイドライン第4.0版でも、重要なシステムについて復旧目標を定め、バックアップや手順を整備し、訓練で実効性を検証することが示されています。まずは最も重要な業務を一つ選び、停止した場合の対応を確認することから始めてください。
12.経営者向け10項目チェックリスト
次の10項目をIT担当者、業務部門、経理担当者と確認してください。未対応の項目には担当者と期限を決め、次回の経営会議などで進捗を確認しましょう。
| 番号 | 確認項目 | チェック |
|---|---|---|
| 1 | 重要なデータのバックアップ対象を把握している | □ |
| 2 | バックアップの取得状況と失敗通知を確認している | □ |
| 3 | バックアップを攻撃から守る保管方法を確認している | □ |
| 4 | 過去の複数時点のデータを保存している | □ |
| 5 | 実際にデータを戻す復元テストを行っている | □ |
| 6 | 復元後に業務システムが動くことを確認している | □ |
| 7 | 重要業務の復旧優先順位が決まっている | □ |
| 8 | 復旧時間と復元したいデータの時点を決めている | □ |
| 9 | システム停止中の代替業務と連絡手段がある | □ |
| 10 | 復旧計画の訓練・更新を実施している | □ |
「バックアップの取得状況だけでなく、最後に実施した復元テストの結果を確認したいと思います。あわせて、重要業務の復旧優先順位、復旧までの目標時間、システム停止中の代替手段について、現在の対応状況を教えてください。」
13.まとめ|今日確認したい3つのこと
バックアップは、ランサムウェア対策に欠かせない備えです。しかし、保存しているだけでは、必要なデータを安全に戻せるか、業務をいつ再開できるかまでは分かりません。
美濃工業は、攻撃後に主要システムの応急復旧と通常業務の再開を公表しています。この事例から経営者が考えたいのは、重要な業務を優先して再開するために、自社では何を準備しておくべきかということです。
- 最後にバックアップを実際に復元したのはいつか
- 会社で最優先に復旧する業務は何か
- システム停止中も続けられる代替業務があるか
まずはこの3点を担当者と確認し、未対応の項目に期限を決めてください。
詳しい事業継続と情報セキュリティ対策については、IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン第4.0版」も参考になります。
中小企業のサイバーリスクと実務的な対策は、パキラのサイバーリスク情報サイトで紹介しています。
※本記事は2026年10月25日時点で確認できる美濃工業の公式発表とIPAの公表資料に基づく一般的な情報提供です。復元テストや代替業務の具体例は一般企業向けの説明であり、美濃工業の実際のバックアップ構成、復旧時間、復旧率を示すものではありません。実際の復旧作業はシステム構成と被害状況に応じて専門家と確認してください。

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